Happy surprise
2007.03.01
ようやく帰り着いた一人暮らしの自分の家は、こんな時間になればひっそりと静かに沈黙と闇だけを 湛えているはずなのに。明かりがついているだけでも不審極まりない自分の家に極力気配を殺して近 寄れば、中にいる連中は外まで洩れ聞こえるほど大騒ぎしているのが分かる。

(人がこの五日、眠ることさえ儘ならずに働いてきたってのに……っ)

カオンが忙しく働いていた間のみならず、世界の始まりから終わりまで休む暇もなく大騒ぎをしてい るのではないか、と疑りそうな勢いと賑わしさに知らず目が据わる。

とりあえず不法侵入者たちは扉を開けるなり斬り捨てていかねばならない盗賊の類ではなく──開け るなり斬りたいといった衝動や欲求はそのままとしても──、悲しいくらいに慣れた気配からして馴 染みの顔触れだろう。

眠りたいと切実に願う今、目の前の扉は世界で最も開けてはならない物になり下がった。開ければ確 実に巻き込まれるに決まっている。そうする為に不在だったにも拘らずわざわざカオンの部屋にいる のだろうし、巻き込まれたなら眠れないことは想像に難くない。
もう少し元気な時ならば付き合ってもいいが、生憎と次の仕事の日程も決まっている現在、眠らない と確実に支障をきたすだろう。

(仕方ない……、グリフのとこに行ったら空いてるだろ)

本人がここにいるのだから、眠る邪魔をされることもなかろうと踵を返しかけた時。

「いつまで扉の前で立ち止まってやがんださっさと入って来いこの馬鹿傭兵がっつーかカオンの分際 で俺様をいつまで待たせる気だこのくそったれ!」

中から扉が蹴りつけられ、開くというよりは破壊されて背中に直撃した扉ごと踏みつけてくるのは当 然ティアだろう。

「いや、あのな、坊主。その仕打ち、普通の人間は大怪我するとこだぞ……」

寧ろ死ぬんじゃないかと苦笑混じりに突っ込んでいる無謀な挑戦者のおかげでふっと圧力が取れ、す かさず扉の下から抜け出してそちらを窺うとケイダの顎に幼馴染の華麗な回し蹴りが決まったところ だった。
屋内に蹴り込んではいけないという配慮は、部屋から漂ってくる美味しそうな料理の香りで納得でき た。

ただ置いてきた扉の上に丁度倒れ込んでいる大柄な男を見下ろして、避難していなかったら一緒に潰 す気だったなと軽く頬を引き攣らせる。

「懲りない馬鹿と書いて、ケイダ=ケイド=ケイダと読む。素晴らしい馬鹿の見本っぷりだな、ケイ ダ」

うむと重々しく頷いて評価しているのはルギオで、その隣で反論のしてやりようがないと苦笑してい るのはセフィルダ。

「あんたら、こんなしょっちゅう王都を離れて遊びに来てていいのか……」

ここの王家はどうなってるんだと忙しく働いてきた自分が馬鹿馬鹿しくなって思わず声を低めると、 気にするなと何故かルギオが相変わらずの無表情で片手を上げた。

「どうせ形骸化した単なるお飾り王家。セフィルダとケイドがいなくなったら砂の楼閣、僅かの波で 海の藻屑。いっそそれも潔くてよしと覚悟を決めて出奔した二人だ、温かく見守ってやれ」
「そんなわけないでしょうっっ。どうしてルギオは、そう笑えない不吉なことばかり言うんだっ」

もう少し真面目に生きればどうなのと詰め寄っているセフィルダを淡々と受け流し、ルギオはどこか 面白そうな光を浮かべた目で顎を押さえながら起き上がったケイダを眺めた。

「残念だったな、ケイダ。お前との出奔は笑えない不吉だそうだ」

兄として心から祝福してやるつもりだったが遺憾に思うと静かに頭を振るルギオに、てめぇとケイダ が拳を震わせる。
明らかにからかうことに全力を注いでいるルギオと、話を逸らさないと噛みついているセフィルダに 反応しかねている大男など眺めていても何も楽しくない。どころか心が荒むと心中に溜め息をつき、 頭痛を堪えるように額に手を当てた。

「痴話喧嘩も兄妹喧嘩も、他所でやってくれ。つーか、何であんたらが俺の家にいるんだよ。扉まで 壊しやがって、弁償してくれるんだろうな」
「いや、これはあれだろ、お前がなかなか入ってこねぇから坊主が切れたせいだろ」
「なら、あんたがティアに請求してこいよ」

俺は嫌だと断言するとケイダも複雑な顔をして口を閉ざす。当のティアはカオンを怒鳴りつけケイダ を蹴り飛ばして気が済んだのか、はたまた単にお腹が減ったのかはいざ知らず、さっさと部屋の中に 戻っていて姿も見えない。
とりあえず部屋に戻らないことには今度は直接攻撃されると経験が教えるので、セフィルダとルギオ の間を割って中に入った。

「おお。遅かったな、お帰り」
「って、何であんたまでいるんだ、キーア!」
「まだその名前で呼ぶか」

根に持つなぁと苦笑したルカは運んできた料理の数々を、黙々と食べているティアの前を中心に並べ ていく。空いた皿を下げたり酒盃に酒を注いだりと甲斐甲斐しく世話を焼いているのは、この部屋は おろか世界でティアに逆らう以上の恐怖はないと身に沁みて教え込まれたからに違いない。

(けど、こうしてティアを甘やかす連中ばっかり増えていくから、ますます駄目な子になっていくん じゃないのか……?)

思わず心中に呟くと、即座に脹脛を蹴り飛ばされる。声も出ないほど痛くて蹲ると、それはお前が悪 いとルカが苦笑する。

「思いっきり顔に出てたから、今。俺より付き合いが長いくせに学ばないのな、お前も」

俺は二度で懲りたぞと胸を張りさえして言われるそれに、それは自慢やなぁとけらけらと笑ったのは グリフ。

「ティアちゃんの教育的指導二回も受けたら、普通のお人は死んどるもんなぁ。それ耐え抜いたんは、 そりゃ自慢やで」
「成る程。ケイダ、再就職する時はそれを自慢にして売り込むといい」

お前ほど指導を受けた者もそうはいまいと頷きながら戻ってきたルギオに、ケイダは煩いと噛みつき ながらも扉の修復に取り掛かっている。

「馬鹿話をしている暇に、お前も修理に手を貸してくれればどうなんだ」
「生憎だが。俺は傘より重い物を持ったことがない。因って無理だ」
「傘って、ひょっとしてヤルスに差してたあの日傘か……?」

結構な重さがありそうだったがと横から突っ込んだルカにルギオは珍しく一瞬言葉に詰まってから、 ちらりと元商売敵を眺めた。

「東は王太子も誕生して忙しい時期だろう、何故お前がここにいる」
「それは俺が聞きたいとこだなぁ。七日前、どうして目が覚めたのは船の上だったのか」

溜め息混じりに呟いたルカのそれで、はいはいとグリフが勢いよく手を上げた。

「色々根回し大変やってんでー。キーア二十日拘束権利かけて、俺どれだけ働かされたかっ。姫さん の用事はとりあえず済ましたけど、後はクレア使て筆頭執政官脅したってん。王さん脅すでーいうん も効くねんもん、容易いわ。ふはははは」
「副船長、やっぱ俺のこと売って保身計ったんかー!!」

奴のせいかと拳を震わせたルカは、けれどティアが食事の手を止めたのに気づいてぴたりと悲鳴を止 めている。教育が行き届いているなと深く頷いているルギオも声にすることはなく、そういう意味で は全員が色々と身に沁みているらしいとティアの威力を噛み締める。
ただいい加減に眠さも限界なので、ティアの食事が済んだことを確認してから、なぁと声をかけた。

「ティア、ひょっとして家に飯だけ食いに来たとか言わねぇよな? 何しに来たんだ?」
「飯だけ食いに来た」

尋ねるなりきっぱりと断言されるそれに、返せる言葉はない。ははと乾いた声で笑ってまだじんわり 痛い脹脛を押さえつつ床に座り込むと、楽しそうだなと微笑ましそうに声をかけながら入ってきた最 後の人影に悲鳴を上げそうになる。

「リグファ!? せやし何であんたまでここにおんねん!?」

思わず島訛りも明らかに声を張り上げてしまい、ここは誰の家だと元凶であろうグリフを睨みつける と、ええやんかぁと気安くぱたぱたと手を振られた。

「こっち来はるたんびに宿取るんも不経済やん? カオンちゃんあんま使てへんねんから、カオンち ゃん家に住んだらええやーんて。お勧めしたげただけやん。なー?」
「うむ、色々と手を回してもらって感謝している」
「感謝すんな! つーか何で俺の許可を取るって発想がない、そこに!」
「聞くのは構わないが、断られる予想もつく。それならば聞かずに強硬手段。と思ったまでだ」

気にするなとどこまでも真顔で答えるリグファに、ちょっとどころでなく眩暈を覚える。

「カオンもとうとう嫁入りか。式には呼んでくれよ、祝いくらいは贈ってやる」
「何を楽しんでやがるんだ、キーアの分際でっ。というか男が嫁に行くかーっっ!!」
「カオン、逆転の発想も大切だ。昔からよく言うだろう、惚れるより惚れられろと。望まれるまま嫁 ぐのもまた運命。そこに待つ目くるめく幸せの日々、薔薇色の人生」
「真顔でわけ分かんねぇこと抜かしてんな、このヘタレ元王太子!!」
「カオン、リグファさんの何が不満なのです? 昨日からお邪魔していますが、それは甲斐甲斐しく あなたの帰りを待っておられるのですよ。あなたの為に婚礼衣装まで用意されていて」
「昨日から執務放棄か、あんたもっ。そろそろ王位を継ぐんじゃねぇのかよっ」
「まぁまぁ、照れるのは分かるがお前も身を固めりゃどうだ。リグファのことは以前から知ってるが、 お前には勿体無いほどのいい男っぷりだぞ」
「だからそれは女に対しての褒め言葉か!? って、それ以前にあんたにだけは身を固めろなんざ言 われたかねぇ!!」
「ええ加減に根性決めたりぃ、カオンちゃん。新婚生活にご入用のもんがあったら是非ウォルヴィス 商会で〜」
「商売したいなら他所でやってこい、鬱陶しい!」
「うむ。皆に愛されているな、さすが私の花嫁。少し妬けるが、ここまで祝福されたからには必ず幸 せにすると誓おう」
「だからするなら俺だろ、される謂われはねぇっつーか嫁嫁言うなーっ!!」

俺を使って遊ぶなと怒鳴り散らしたところに、喧しいと皿が飛んでくる。何とか顔面で受ける無様を 晒さずに受け止められたが、顔で割れたら大怪我だぞと心なし青褪めながら突っ込むと一人だけ偉そ うに椅子に座って膝を組んでいるティアは、急かすように机を叩いた。

「いいからとっとと立ちやがれこの馬鹿傭兵、俺様は飯を食いに来たんだって言ったろうがっ。さっ さとしろ、さっさと!」
「いや、もう飯なんて食い終わった、」

終わったんじゃないのかと続けかけた言葉は、立ち上がってティアの前に置いてある物を見つけて消 えた。一人暮らしなのだからそもそも机自体が大きくはないが、それでもその半分ほどを占める大き なケーキには流暢な文字で、私の花嫁が生まれた日を祝して、と綴られている。

思わずその場で凍りついていると、この野暮天と軽く膝を蹴飛ばされた。それで何とか解凍してティ アを見ると、一つ年下の幼馴染は不敵と呼ぶには柔らかく口の端を持ち上げた。

「誕生日おめでとう。馬鹿傭兵にも女神の祝福と生誕の幸いが降りますように」
「「おめでとう!!」」

この幸せ者と次から次へと背中を叩いて祝福され、いやあのえっとこれはと狼狽える。
まさかこれをする為だけに全員がここにいるのかと唖然と振り返ると、リグファが珍しく嬉しそうに 柔らかく微笑んでいるのに気づく。

「これだけ沢山の言祝ぎを得られるのは人徳だな。戸惑っている姿も襲いたくなるほど可愛らしいが ……、今日はやめておこう。おめでとう、今日この日に生まれてくれたことを感謝する」

いくらが聞き逃せないことを言われた気はするものの、真面目にされた祝福に言葉を失うほど喜んで いる自分がいる。それでもせめて礼だけはと口を開きかけて、慌てて噤んだのは不意に泣きたくなっ たから。
この連中の前では意地でも泣きたくないと顔を顰めて堪えていると、早くしろ馬鹿傭兵と再度足を蹴 飛ばされた。

「っ、早くって、さっきから何だよ」
「こればっかりはお前が手をつけんと食えないだろうがっ。早くしろ、早く!!」
「……ティア、やっぱりお前、本気で飯だけ食いに来たのか……?」
「さっきもそう言った、何度も言わすなこの馬鹿傭兵」

苛々と足を揺すりまでして急かされるそれに、勘弁しろよと長く息を吐き出す。

「疲れて帰って来て最初に食うのがケーキなんて、いくら何でもないだろ、そりゃ……」
「せやせや、早々と飯食い終わったティアちゃんが悪いねん。俺らまだ途中やもん、一緒食おー」
「はあ?! じゃあ俺様のケーキはどうなるっ」
「うむ、ロクウェル氏の為に改めて焼いてもいいが、カオンが食事を終えるのと変わらないと思う」
「それじゃ意味ねぇっ」

俺様のケーキはと子供みたいな駄々を捏ねるティアに、少しくらい待ってあげては如何ですかとセフ ィルダが苦笑しながら促している。

「さっさと食っちまったのは坊主の勝手だろ。主役は一応カオンなんだから、そのっくらい妥協して やれや」
「ケーキは待つのに食事は待てないって、その発想も謎だけどなぁ」

ケイダとルカが半ば感心したように呟いたそれで、まだパスタが乗ったままの皿が二人の顔に直撃し ている。一言多いと他人事のように頭を振ったルギオは、パスタが食べたかったんだがとぼやきなが ら机に近寄ってくる。

「料理ならまだあるが、如何せん食べる場所がない」
「ああ。それでは立って食うので是非お願いする」
「立ったまま食べる気なのか、ルギ」

批難めいて声を尖らせたセフィルダに、海賊だからと変なところで胸を張っているルギオにカオンも 苦笑して拗ねた顔をしているティアの側に座った。

「別に先に食っていいぞ、ケーキも」
「煩い馬鹿傭兵、お前がもっとさっさと帰ってくりゃ丁度よかったんだ」
「悪かったよ」

どうして自分が謝っているのだろうと疑問に思いつつ謝罪すると、だからお前は馬鹿傭兵なんだと嫌 そうな顔をされた。

「お前が言うべきは別だろうがこの祝い甲斐なし馬鹿傭兵!!」

今度抜けたことをしやがったら先に食ってやると変な脅しをかけてくるティアのそれで思い出し、全 員の顔を見回した。

「あの……、わざわざ悪かった。っていうか……その、……ありがとう」

祝ってもらえて嬉しかったと何とか聞こえるかどうかといった声で早口に告げると、ティアの向かい に座っているグリフが嬉しそうに頬を緩めて覗き込んでくる。

「どー致しましてー。やわ。クレアと執政官からも贈り物ちゃんと分捕ってきてんで、褒めてー」
「いや、分捕って来るなよ、そこは」
「案外義弟に弱いな、あの人……」

副船長ともあろう人がとソースに塗れた顔を拭きつつルカが呟いたそれに笑ったところで、眠そうに したティアが立ち上がった。

「ケーキが食えるようになったら起こせ」
「それはええけど。ティアちゃん、食ってすぐ寝たら牛になんでー」
「また懐かしいことを言い出したな。けど、万一それが事実でもこの坊主に限っては適用外じゃねぇ のか?」
「ケイダ。もうお前は黙っていなさい」

料理が無駄になっていくからと嘆くようにセフィルダが諌めたのを確かめ、追加の料理を運んできた リグファを認めてティアは仕方ねぇと呟いた。

「祝福ついでだ。俺様からお前らに、特別にいい物を見せてやろう」

言ってティアが指を鳴らした途端に部屋が闇に沈み、リグファが凍りついて取り落としそうになった 料理を慌てて受け止める。どんな嫌がらせだと批難する前にほうと光が燈り、徐々に増えて花や動物 を模っては鮮やかに煌いた光が部屋を照らし出した。

「精霊の光の元で食う飯も悪くないだろ」

俺様からの祝福だと言い置いて寝室に向かった幼馴染を見送り、精霊を直接見たことがない全員が口 々に楽しんでいる様を眺めてグリフと視線を交わした。

「家の末っ子さんは、素直やないなぁ」
「確かに」

わざわざ集まってカオンを祝してくれたことに対する感謝を分かり難く伝えたティアに、グリフが楽 しそうに声を低めて笑う。カオンも声にして笑いながら何とか落ち着きを取り戻したらしいリグファ と、食べることも忘れて精霊の光に見惚れている面々を視線だけで眺めた。

どうにも彼を祝うというよりは息抜きに集まってきたようにしか見えないけれど、それでも確かに貰 った言祝ぎはこの精霊の光が如く胸に柔らかく燈る。

(ま、いい一年にはなりそうだ)

どうしようもない眠気を満たすのは明日以降になりそうでも、たまにはこんな賑やかな誕生日も悪く はないだろう。
毎年何でそんなに無駄に頑張るのか、いい加減にご迷惑を考えろ。と自分の肩を揺さぶって
懇々と説教するべきという、ちょっと人数出すぎて破綻してんねんな話になりましたが。
この素敵イラストで全てを払拭させてください、そして心から羨んでください(笑)!
調子に乗って押しつけてしまったものですのに、お誕生日のみのるサマからイラストを分捕る
有り得ない暴挙のお詫びは、また何れ何かの形できっと多分……っ(ヲイ)!
さておき、タイトルまで分捕ってしまって申し訳ありませんでした、ありがとうございました♪